アメリカ企業に「差別的な税制」を採用する国への復讐税? トランプ大統領の新たなる交渉兵器「第899条」は日本にどのような影響を与えるのか

筆者はこれまで、ベイン・アンド・カンパニー、ファーストリテイリングなど日米の有力企業の経営に長年携わってきた。

現在はシリコンバレーを拠点にベンチャーキャピタルファンドを経営している。また、サンフランシスコ・バレエ団やde Young美術館の理事を務めるなど、アメリカ西海岸の政財界・文化界のエスタブリッシュメントと広範なネットワークを構築してきた。
共和・民主両党を代表する有力政治家、世界的なテック起業家、ナパバレーのカルトワイナリーオーナー家や映画監督たちと、プライベートな会食やパーティーの場を通じて、公私にわたり直接対話を重ねてきた。そうした経験を通して痛感するのは、日本のメディアが報じるアメリカ像と、現地で実際に進行している現実との間に大きなギャップが存在するということだ。
このギャップこそが、日米間の政治的・経済的意思決定や戦略的対応の遅れを招く大きな要因になっていると感じている。本連載では、そうした問題意識をもとに、「インサイダーの目線」から見たアメリカの実像を掘り下げ、今後の日本にとって重要となる情報をお届けしていきたい。
第1回では、日本ではまだ十分に知られていないものの、発動されれば日本経済にも深刻な影響を及ぼしかねない「セクション899(899条問題)」を取り上げ、その本質とリスクを解説していく。
第899条に書かれていること
トランプ氏は、自著『交渉の技術(アート・オブ・ザ・ディール)』で次のように述べている。「最大の強みとは『レバレッジ』だ。相手が絶対に手放せないものを握ることが最も効果的だ」。
関税交渉が世界の注目を集める裏で、トランプ政権と議会はアメリカの貿易交渉力を密かに強化してきた。従来の関税措置に加え、外国投資家に対する課税という新たな領域にも踏み込んでいるのだ。
欧州は、ドイツや日本が物品貿易で大きな対米黒字を計上する一方、サービス貿易においてはアメリカが大きな黒字を計上していると指摘。関税引き下げを迫った。しかし、アメリカはこの要求を拒否した。
そうした中で、5月22日、米下院が可決した約1000ページに及ぶ大規模な減税法案「One Big Beautiful Bill Act(OBBBA)」に、驚くべき条項が発見され、市場関係者に衝撃が走っている。第899条には、アメリカ企業に対して「差別的な税制」を採用する国の投資家に対して追加課税を導入することが盛り込まれているのだ。
この税制変更案は、アメリカの対外資本課税政策における過去数十年で最大ともいえるような転換だ。
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